ここ数年、学校の先生方に社会人向けのロジカルシンキング研修について話をする機会が増えました。そのときよく受ける質問が、「自分がしている論理思考と学校外の社会人の論理思考は違うのか?だとすると何が違うのか?」というものです。あるいは「論理思考のように、数学を普通に勉強していれば身につく当たり前のことを、特別なもののように研修することの意味がわからない」と感じられる先生方もいらっしゃるようです。
これには誤解があるのですが、なかなか納得してもらうのが難しいところがあります。同じ悩みや疑問をお持ちの方が一定数いらっしゃると思いますので、今回は私が説明に使っている「論理思考3世代論」を紹介します。
結論として私からお伝えしたいことは、
- 学校の先生方がお考えの論理思考は、ビジネス現場で使われている論理思考とは別物です。
- ビジネス現場では世代が2つ進んでいます。
- 社会に出ていく学生さんが可哀想なので、今の世代の論理思考を教えてあげて下さい。
ということです。
日本での論理思考の普及は大きく3段階に分かれます。これを世代と表現することにします。ちょうど20年くらいの間隔で捉えられます。なお、ここでの時間的な経緯は日本固有の話です。手法自体はいずれもグローバルですが、ローカライズもされており、他の国では異なるタイミングと形態で普及しているはずです。
第Ⅰ世代: 唯一正統にして本来の論理思考
第Ⅰ世代は、1960年代の数学の現代化に伴う数理論理学ベースの論理思考です。この時代、数学の現代化という動きがあり、義務教育の数学に集合と論理が入りました。私もこの教育を受けた世代なので、義務教育の間に初歩的な集合論と形式論理について学習をしています。命題とか裏とか対偶とかド・モルガンの法則とか覚えている方も多いと思います。
おそらく、現在の数理系の学部の先生方の論理思考はこのイメージが強いと思います。論理の基礎を学んだ上で、証明問題などを繰り返す中で、演繹的な論理の組み立て方を習得し、その後の研究活動で日常的に使われているものと思います。ただ、そうした一部の例外的な方を除くと、日々の業務に実践応用できるまで習熟できることは少なく、多くの人はビジネス現場に出るまでに忘れてしまいます。
第Ⅱ世代: 議論のためのタテの論理思考
第Ⅱ世代は、1980年代前後に英語ディベートなどとともに導入された議論モデルです。トゥールミンによって提唱され、数学的な形式論理にとどまらず、実践的な論証のための枠組みを示すものです。日本では特にそれを単純化した三角ロジックが有名です。
特徴は結論とそれを支える根拠の関係がどうあるべきかを明確にしたところです。現在のロジカルシンキングにおいてタテの論理と呼ばれる部分になります。私が提案している反転論証図で上下の矢印で表現している方向です。
英語の競技ディベートを行う方々を中心に普及が試みられました。グローバルにも使われており、また論文の組み立てにも有用なので、大学の中には取り入れているところもあります。数理論理学よりは実践的なものですが、それでも一般のビジネス現場で使うには高度すぎ、広く普及するには至りませんでした。
第Ⅲ世代: 説得のためのタテとヨコの論理思考
第Ⅲ世代は、2000年代初頭に外資系コンサルティング会社の出身者を中心に導入されたピラミッド原則です。日本ではベストセラーになった書籍名から、ロジカルシンキングと呼ばれていますが、そのまま英単語にしても通じません。マッキンゼー社にいたバーバラ・ミント氏が考案したピラミッド原則(Pyramid Principle)という情報の構造化と資料作成の手法がベースになっており、MECEやピラミッド構造という概念が有名です。
特徴はMECEに代表されるように、どういうまとまりで、どういう順序に整理すればよいかというヨコの論理を扱うところです。私の提案している反転論証図で左右の方向の根拠の並びになります。論証という観点ではタテの論理で十分なのですが、資料を作って相手を説得するには、わかりやすく相手に伝えることが大切なので重要な要素になります。顧客でも自社でも組織を動かすには、資料を作って経営層を説得する必要があるため、ビジネス現場で急速に普及し、広い範囲に定着しています。
世代が進むにつれて実践的な要素が加わり、理論的な緻密さが薄れ、説明は雑駁なものになっていきます。 このため、第Ⅰ第Ⅱ世代の論理思考に習熟し、かつビジネス現場との関わりの薄い職種の方には、第Ⅲ世代の説明は粗雑にすぎるように感じると思います。しかし、それまでできなかったビジネス現場への論理思考の普及を成し遂げており、実際、作成される資料のレベルが向上している現実があります。
第Ⅰ第Ⅱ世代の論理思考をベースにした書籍は、近年も引き続き、優れたものが現れていますが、残念ながら、もう第Ⅲ世代の時代です。ビジネス現場からしてみると、上の写真のように、第Ⅰ第Ⅱ世代はもうぼやけてしまった過去のものなのです。